SSブログ

約束された安寧の場 [手記]

その頃は、その会社に入社して2年が経とうとしていた。

精神障がい者である私は、時々強い倦怠感に悩まされ、体が思うに任せなくなる。
精神安定剤が効かず、夜も次々と理由のない不安な気持ちに陥り、それが途切れることなく、休むこともなく朝を迎えてしまう。
そして、そのまま暗い部屋に閉じこもる。
その方が楽なのだ。

昼夜が逆転する悪循環であることさえ気づかない。
そんな心と体の持ちようがないまま、会社には幾度となく欠勤を繰り返し、しかしそれでも頑張って勤めてきた。

会社の周囲の人たちは、入社の頃は、気を使ってくれたものの、その頃では会話も途切れ、私を腫れものに触るみたいな感じで、避けられているようにも思えてしまう。
私の仕事は、パソコンを使っての簡単なデーター入力で、およそ毎日がそれで埋もれていく。
上司や先輩からも仕事についての詳しい説明をされないまま、また、私の方から積極的にアプローチしても濁されてしまい、さらに私の所属する課での毎週の業務報告の会議さえも参加させて貰えない。

そんな中、その会社にはダイバーシティ室があり、ある日、その室長から一通のメールが届いた。
懇親会の誘いで、是非参加してくださいとの内容だった。
参加できない場合は、できればその理由と、参加するに何か相談があればお手伝いしますと添え書きがあった。

私は室長にご迷惑をお掛けするのではないかと迷ったが、思い切って、「私は人と話をするのが苦手で、人の集まる席はやはり苦痛に感じてしまう」と返信をした。
正直に言うとその返信には参加不参加を告げていなかったので、その室長から何らかのお話があるものと思っていた。
しかし、懇親会当日になっても連絡はなかった。
その後何事もなかったように時間が過ぎていくのだが、室長のあの添え書きは何だったのだろうか?

それから、私の課の課長が定年退職することになった。
課の先輩から、課長が退職するにあたって、花束贈呈とちょっとした食事会を開きたいので、会費支払いの依頼があった。
私は喜んで支払った。
けれど、その当日、情けなくも精神不安定に陥り会社を休んでしまった。

一度、不安定になると、数日は心身共、いかんともし難く、収まるのを待つしかない。
数日後、会社に出勤すると課長の席は空席になっていて、先輩からも無視されたような格好になってしまった。
居た堪れない気持ちというのはこのことなのだろう。
私に非があるのは明白なのだが、どう言ったら良いか、どうしたら良いか何もわからなくなってしまった。

そして、その会社に入社して2年経った。
人事部から雇用契約更新の面談をしたいとの通知があった。
面談当日、私は自らの病気で、多い欠勤の謝罪をした。
人事部長は、周囲の人たちへの理解は自分で進めてくださいと言った。
私は「それにも限界があるのではないか」と内心思った。

その後、人事部長から「契約更新は今までの出勤状況から見て給料を改めたい」と切り出された。
給料が安くなってしまった。
これまでの給料も安かったのだが、それから1割ほど下がった。
誰に相談したら良いのだろう。
決して上がることのない仕事へのモチベーションに、なかなか理解してもらえない周囲の人たち、そして給料・・・。

私はこのことを誰に打ち明け、理解してもらい、泣いて心を落ち着かせることができるのだろう?
会社では精神・身体障がい者の積極的雇用を掲げているが、そのための理解する気持ちや歩み寄る心が欠けているように思えてならない。
それとも、その見方は間違っているのだろうか?

国でも、「障がい者雇用促進法」や「障がい者差別解消法」が制定されて、障がい者への理解を深めているという。その理解は皆に「約束」されたことではなかったのだろうか?
会社は「約束された安寧の場」になってくれないのだろうか?

契約更新はしなかった。
人事部長も課の周囲の人たちも、私への引き留めの言葉はなく、ただ「ああ、そう」だった。
また、悲しくなってきた。


後半に続きます。

【スポンサーリンク】





後半はここからです。


しかし、それは自分にではなく、会社にである。
その頃の私の気持ちはこう整理がついていた。
「約束された安寧の場はある」・・・精神・身体障がいは、医療の発展に伴い、将来は必ず解決していく。

精神が病んでいる人も、目が見えない人も、車椅子の人も・・医療のおかげで障がい者はもう苦しまなくても良い未来…。
けれど、その前に障がい者の悲しみや苦しみはやはり、人の心で解決しなければならない。
医療が人の心よりも先に解決されてはいけないのだと私は思っている。

さあ、次の仕事を探すぞ!「安寧の場」だ!と思ったら元気が出てきた。
まずは、ハローワークに登録し、その傍ら、民間の職業紹介所をインターネットで調べた。
障がい者専門で会社を紹介するという人材紹介会社が出てきた。

それなら、探しやすいだろう。
ちょっと勇気を出して、その人材紹介会社に履歴書をメールで送付した。
1週間経って会社から面談の通知が来て、訪ねてみた。

コーディネータの方に、私のこれまでの経緯と思いと願いをごちゃ混ぜにお話しをしたら、その方は飛びっきりの笑顔でこう言ってくれた。
「安寧って良い言葉ですね。もがいた後は必ずそれがやってくると思います。ほんの少しだけ、就職の努力をしましょう。私がお手伝いします」心が軽くなった瞬間である。
うれしくて、つい泣いてしまった。

そのコーディネータは紹介する会社に履歴書を届けるという。
その際に精神障がい者としての合理的配慮を会社に求めるとも言ってくれた。
本当にすべて理解して受け容れてくれるのだろうか?・・・それから、10日ほど経ち、履歴書を届けた3件の会社から面談の話が来たと連絡があった。

紹介された会社の面談に受けてみた。
面談では、1ヶ月の内、どれ位の出勤が可能かと聞かれた。
それに合わせて仕事を分担するという。
休みは認めるけれど、仕事放棄は認めないということらしい。
さらに給料も前職に少しだがプラスしてくれるという。

私も自分に甘えてはいられない。
それでお願いしますと答えた。
そして、2週間過ぎて内定を貰えた。

コーディネータは「内定した会社が、約束された安寧の場であるためにも、困ったり、悩んだりした時は、必ず連絡をください。私たちが助けます。」と言ってくれた。
2度、心が軽くなった瞬間である。

内定した会社に入社した。
配属されたチームは全員が女性で、私を歓迎してくれた。
チームリーダーも女性であり、休むときは必ず私の携帯に連絡してくださいと言った。

仕事はパソコンにデーター入力で、やや複雑であるが、わからないことは周囲の人たちに気軽に聞ける雰囲気がある。
そして、なによりも、リーダーの気配りがうれしい。
自分の妹も精神障がい者だと言って、私に理解を示してくれる。

それでもなお、私は心身が不安定になると休み勝ちになってしまうのだが、出勤すると私に、良くなってから出勤するようにと声をかけてくれて、また、パソコンにはメールで、休んでいる間の仕事の進捗やチームの話題が入っていたりする。

リーダーの気配りのおかげでこんなにも違うものなのかと、ただ驚いている。
私が長く探していた「約束された安寧の場」は、たったひとりの人でも成し得るのだということを実感させて貰えたのである。
そして、おこがましい言い方になるが、それこそが、私たちの本当の心の姿ではないだろうか。
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。